
「少しだけ見るつもりだった」
SNSを開くとき、最初から1時間も2時間も見ようと思っている人は、ほとんどいないと思います。
仕事の休憩中に5分だけ。電車が来るまでの間だけ。寝る前に少しだけ。
そのつもりでスマホを手に取ったはずなのに、気がつけば何十分も経っている。ひどいときには、動画を見ながら寝落ちして、翌朝になっていることもあります。
私自身、何度も経験があります。
特に疲れている日の夜は危険です。頭を使わずに楽しめるショート動画を見始めると、次から次へと画面をスワイプしてしまう。
面白い動画を見たはずなのに、少し時間が経つと内容をほとんど覚えていません。
ただ時間だけが過ぎて、「何を見ていたんだろう」と少し虚しくなる。
それでも次の日になると、また同じようにSNSを開いてしまいます。
SNSが悪いのではなく、終わりがないことが怖い
もちろん、SNSそのものが悪いわけではありません。
友人の近況を知ることができたり、ニュースを確認できたり、仕事に役立つ情報が見つかったりすることもあります。
昔なら出会えなかった考え方や、自分とは違う世界に触れられるのも、SNSの魅力です。
ただ、SNSにはテレビ番組や映画のような「終わり」がありません。
一本の動画が終われば、すぐに次の動画が表示されます。投稿を一つ見終われば、その下には別の投稿が並んでいます。
こちらがやめない限り、永遠に続いていく。
これが、SNSを見続けてしまう大きな理由なのだと思います。
しかも表示されるのは、自分が興味を持ちそうな内容ばかりです。
お笑い、スポーツ、グルメ、車、ゲーム、美女、仕事、お金、昔懐かしい映像。
一つひとつは数十秒でも、それが積み重なると簡単に1時間になります。
一日1時間なら、一週間で7時間。一か月なら約30時間です。
冷静に考えると、かなり大きな時間です。
それだけあれば、本を数冊読めます。映画を十本以上見られます。筋トレを始めることも、資格の勉強を進めることもできます。
友人と食事に行ったり、気になっていた店へ出かけたりすることもできるでしょう。
しかし実際には、SNSに使った30時間は、ほとんど記憶に残っていないことがあります。
見終わった後に疲れているのはなぜなのか
SNSを見ている間、身体はほとんど動いていません。
それなのに、見終わった後に妙に疲れていることがあります。
個人的には、これは短い時間の中で、感情を何度も動かされているからではないかと思っています。
笑える動画を見た直後に、腹の立つニュースが流れてくる。その次には高級車や海外旅行の投稿が出てきて、自分の生活と比べてしまう。
さらに次の動画では、成功者が「努力が足りない」と語っている。
数分間のうちに、笑ったり、怒ったり、羨ましくなったり、焦ったりする。
これでは、頭が疲れて当然です。
しかもSNSでは、他人の生活の「見せたい部分」が次々と流れてきます。
楽しそうな食事、充実した休日、仕事の成功、理想的な身体、きれいな部屋。
それらを毎日見ていると、自分だけが平凡な毎日を送っているように感じることがあります。
けれど、投稿の外側には映っていない時間があります。
楽しそうに見える人にも退屈な日がありますし、成功しているように見える人にも不安や失敗があります。
頭では分かっていても、画面を見続けていると忘れてしまいます。
本当に怖いのは、時間を失ったことに気づかないこと
SNSで1時間を使ったからといって、すぐに人生が悪くなるわけではありません。
問題なのは、それが習慣になり、何年も続いてしまうことです。
一日2時間なら、一年間で730時間です。
約30日分を、丸ごとSNSに使っている計算になります。
もちろん、すべてが無駄とは言いません。楽しめた時間もあれば、役立った情報もあるでしょう。
ただ、「自分は本当にこれだけの時間を使いたかったのか」と聞かれると、私は素直にうなずけません。
何となくスマホを開き、何となく動画を見て、何となく夜が終わる。
この「何となく」が積み重なっていくことが、一番もったいないのだと思います。
20代の頃は、時間がいくらでもあるように感じます。
30代になると、仕事や家庭のことで一週間が早くなります。
40代になると、一年が驚くほど短く感じるという人も少なくありません。
年齢を重ねるほど、自由に使える時間は増えるどころか、むしろ貴重になっていきます。
だからこそ、空いた時間をすべて「時間つぶし」に使ってしまうのは惜しい。
時間は、つぶすものではなく、本来は使うものです。
完全にやめる必要はない
SNSを断ち切ろうとして、アプリをすべて削除したことがあります。
しかし、しばらくすると再び入れてしまいました。
極端な方法は、私には合いませんでした。
それよりも効果があったのは、「目的がないときには開かない」と決めることです。
友人からの連絡を確認する。店を調べる。特定のニュースを見る。
何のために開くのかを決めてから使うだけで、無意識に眺め続ける時間はかなり減りました。
寝る前はスマホをベッドから少し離れた場所に置く。食事中はテーブルに出さない。動画を見るときは、タイマーを設定する。
どれも特別な方法ではありません。
それでも、スマホが手の届く場所にあるだけで触ってしまう人には、意外と効果があります。
大切なのは、SNSを完全に否定することではなく、自分で終わる時間を決めることです。
SNSに自分の時間を決められるのではなく、自分がSNSを使う。
主導権を取り戻すだけでいいのだと思います。
画面の中より、現実の会話のほうが記憶に残る
SNSを見ていた2時間は、次の日になるとほとんど思い出せません。
しかし、誰かと食事をした時間や、久しぶりに友人と話した夜は、数年後でも覚えていることがあります。
内容は大した話ではなかったかもしれません。
仕事の愚痴を言ったり、昔の話で笑ったり、くだらない冗談を言い合ったりしただけかもしれない。
それでも、目の前にいる人と同じ時間を過ごした記憶は、画面を流れていった映像よりも残ります。
人間は、情報を見るだけでは満たされないのだと思います。
誰かに話を聞いてもらうこと。相手の表情を見ながら笑うこと。その場の空気を感じること。
そうした時間があるから、また明日から頑張ろうと思えることがあります。
最近、家と職場の往復だけになっている。休日も気づけばスマホを見て終わっている。
そんな人は、今夜くらい画面の外へ出てみてもいいかもしれません。
気になっていた店へ行く。友人を誘う。一人で街を歩く。誰かと他愛のない話をする。
特別な予定でなくても構いません。
SNSの中にいる知らない誰かの一日を眺めるより、自分自身の一日を少しだけ動かしてみる。
そのほうが、同じ1時間でも不思議と長く、濃く感じられます。
今日という一日は、スクロールしても戻ってこない
SNSの画面は、上に戻せば前の投稿をもう一度見ることができます。
しかし、過ぎた時間は戻せません。
「昨日は何をしていたんだろう」
そう考えたとき、スマホを見ていた記憶しか残っていないのは、やはり少し寂しいものです。
SNSを見る時間が楽しいなら、それも一つの過ごし方です。
ただ、本当は別のことをしたかったのに、何となく見続けてしまったのであれば、一度スマホを伏せてみてください。
何か大きなことを始める必要はありません。
風呂に入る。散歩に出る。好きな店へ行く。誰かに連絡する。少し早く寝る。
それだけでも、今日という一日は自分のものになります。
時間を無駄にした経験があるからこそ、私は思います。
人生を変えるような大きな決断よりも、「もう一本だけ動画を見るのをやめる」という小さな選択のほうが、毎日の満足感を変えてくれることがある。
スマホの中には、無限に新しい投稿があります。
けれど、今日という日は一度しかありません。
今夜は少しだけ画面から離れて、自分の時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。





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